東京地方裁判所 平成3年(ワ)16129号 判決 1995年9月29日
原告 暁興産信用株式会社
右代表者代表取締役 河原崎昇
右訴訟代理人弁護士 齋藤康之
被告 株式会社東京都民銀行
右代表者代表取締役 駄場純一郎
右訴訟代理人弁護士 上野隆司
高山満
田中博文
被告補助参加人 山田武
右訴訟代理人弁護士 木村美隆
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の各建物についてされている別紙登記目録≪省略≫記載一の根抵当権設定登記について、平成三年一一月一日代位弁済を原因とする移転登記手続をせよ。
二 被告は、原告に対し、前項の根抵当権にかかる根抵当権設定契約書、被告と被告補助参加人との間の昭和六二年五月一一日付け金銭消費貸借契約書、被告と被告補助参加人及び連帯保証人山田ツヤ子、同鈴木恭子、同山田信武との間の根抵当権設定契約書及び連帯保証契約書、右根抵当権設定契約の際に、右各建物所在地の所有者貸主から被告に提出された右根抵当権設定の承諾書を引き渡せ。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用のうち、参加によって生じた費用は被告補助参加人の負担とし、その余の費用の一〇分の一を原告の、一〇分の九を被告の各負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項、第二項と同旨
二 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成三年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 被告補助参加人(以下単に「補助参加人」という。)は、被告に対して借入金債務を負担し、その担保として補助参加人らが共有する不動産に被告のために根抵当権を設定していた。本件は、当該不動産の後順位根抵当権者である原告が、先順位の根抵当権者である被告に対し、補助参加人の債務の弁済をするについて正当の利益を有するとして代位弁済を申し入れたところ、これを拒否されたことから、弁済額を供託したうえ、被告に対し、根抵当権の移転及び債権証書等の引渡しと訴訟提起追行のために要した弁護士費用の賠償を求めている事案である。
二 前提となる事実(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)
1 原告は、貸金業を営むものであり、昭和六二年ころから補助参加人との間で金銭消費貸借取引をしていた。
2 別紙物件目録記載一、二の各建物(以下「本件建物一」のようにいい、合わせて「本件各建物」という。)について、被告を根抵当権者とする別紙登記目録記載一の根抵当権設定登記(以下「先順位根抵当権」という。)がされており、その後順位に、補助参加人の持分六分の一及び山田ツヤ子の持分六分の三について、原告を根抵当権者とする、同目録記載二の根抵当権設定登記(本件建物一につき)及び同目録三、四記載の各根抵当権設定登記(本件建物二につき)が、それぞれされている(以下これらの根抵当権を「本件根抵当権」という。)(≪証拠省略≫)。
3 原告は、本件根抵当権に基づき、東京地方裁判所に競売の申立をした(東京地方裁判所平成三年(ケ)第五〇〇号)ところ、同年四月一九日競売開始決定が出され、本件各建物の前記各持分について差押登記がされた。
4 被告は、平成三年五月二四日、前記競売事件において、債務者である補助参加人に対して元金一六六〇万五一二〇円及びこれに対する同年五月三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の各債権(以下「本件債権」又は「本件債務」という。)を有する旨の届出をした。
5 原告は、平成三年一一月一日、被告の代田支店に、補助参加人に対する被告の本件各債権の代位弁済を申し出て、現金一六六〇万五一二〇円及びこれに対する同年五月三日から同年一一月一日までの損害金一一六万五五四二円の合計一七七七万〇六六二円を提供したが、受領を拒否されたので、同日東京法務局に同金員を供託した。
6 被告は、先順位根抵当権にかかる根抵当権設定契約書、被告と補助参加人との間の昭和六二年五月一一日付け金銭消費貸借契約書、被告と補助参加人及び連帯保証人山田ツヤ子、同鈴木恭子、同山田信武との間の根抵当権設定契約書及び連帯保証契約書、右根抵当権設定契約の際に、本件各建物所在地の所有者貸主から被告に提出された右根抵当権設定の承諾書を所持している(被告において明らかに争わない。)。
三 争点
1 原告は、補助参加人の被告に対する債務について、代位弁済をし得る正当な利益を有する者に該当するか。
2 被告が原告の代位弁済を拒否したことが不法行為になるか。
四 原告の主張
1 原告は、被告の補助参加人に対する本件債権について、これを担保する本件各建物に対する被告の根抵当権の後順位の根抵当権者として、その弁済につき正当な利益を有するものである。
2 原告は、前提事実5の弁済供託により、民法五〇〇条に基づき、被告の補助参加人に対する本件債権を取得したから、被告は、原告に対し、同法五〇一条、五〇三条に基づき、先順位根抵当権の移転登記手続及び本件債権に関する証書や根抵当権の移転登記に必要な書類等(以下「債権証書等」という。)の交付をすべき義務がある。
3 被告は、前提事実5、6のとおり、原告の代位弁済の申出を拒否し、右債権証書等を所持しながらこれを原告に引き渡さないが、これは、正当な理由がないもので、原告に対する不法行為に該当する。
原告は、やむなく弁護士斎藤康之に訴訟を委任し、その費用、報酬等として金一〇〇万円を支払うことを約した。
したがって、被告は、原告の右損害を賠償する義務がある。
4 原告は、補助参加人との間で、本件根抵当権について、担保替えの合意をしたことはない。
五 被告の主張
被告は、原告の代位弁済の申出について、主債務者である補助参加人に確認したところ、補助参加人はこれを承諾せず、かえって、原告に対し、本件根抵当権が消滅したことを主張し、建物根抵当権設定登記抹消登記等請求訴訟を東京地方裁判所に提起していた(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一四九三四号)。そこで、被告は、原告が被告の後順位根抵当権者であるかどうか明確ではないので、主債務者の補助参加人の同意がない限り代位弁済を受けることができないとして受領を拒否したものであり、右拒否には正当な理由がある。
六 補助参加人の主張
補助参加人と原告との間で、平成元年九月ころ、本件各建物に対する本件根抵当権の代わりに、補助参加人所有の町田市三輪町所在の土地建物(以下「町田物件」という。)に根抵当権を設定する旨の合意が成立し、同年一〇月六日町田物件に原告を根抵当権者とする根抵当権設定登記が経由されている。したがって、本件根抵当権は抹消されるべきものであるから、原告は、後順位根抵当権者とはいえず、被告に対して補助参加人の債務を弁済するにつき正当な利益を有する者に当たらない。
第三争点に関する当裁判所の判断
一 争点1について
1 ≪証拠省略≫によれば、原告は、前提事実2のとおり、本件各建物の補助参加人及び山田ツヤ子の各持分について、被告に次ぐ順位の根抵当権設定登記を有する者であることが明らかである。また、≪証拠省略≫によれば、被告は、原告の申し立てた平成三年(ケ)第五〇〇号、第五三八号不動産競売事件において、前提事実3のとおり、補助参加人に対し、昭和六二年五月一一日付け金銭消費貸借による平成三年五月二四日現在の元金一六六〇万五一二〇円の貸金債権と同月三日から支払済みまで年一四パーセントの割合による損害金債権を有するとして(この事実は、補助参加人において争っていない。)届出をしており、右貸金債権額に対する損害金債権が発生していることが認められる。したがって、その状態が長く続くと、補助参加人の支払遅滞による損害金債権が増加し続けることになり、その結果、競売の配当額において、原告の根抵当権に優先する被告への配当割合が増加し、原告に対する配当割合が減少したり、配当が受けられなくなる恐れのあることが認められるから、原告は、原告の根抵当権設定登記が抹消されるべきものでない限り、本件各建物の後順位根抵当権者として、補助参加人の被告に対する本件債務について、これを弁済するにつき民法五〇〇条にいう正当の利益を有する者に当たるというべきである。
2 ところで、本件根抵当権に関する≪証拠省略≫(≪証拠省略≫と同じもの)の各根抵当権設定契約書は、原告と補助参加人との間の金銭消費貸借取引による債権等を担保するために作成されたものであることが明らかであるが、山田ツヤ子の署名部分については成立に争いがあるものの、その余の部分の成立については補助参加人を含む当事者間に争いがない。そうすると、右各証拠の争いのない部分によれば、少なくとも本件各建物の補助参加人の持分については、原告と補助参加人との間で根抵当権設定の合意が成立したことが認められるから、山田ツヤ子の持分についての根抵当権設定の合意の成否はともかく、本件根抵当権は、原因関係を全く欠くものではないというべきであり、したがって、これは、原告が本件各建物についての(後順位)根抵当権者であることを否定すべき事由にはならないものである。
3 次に、補助参加人は、補助参加人と原告との間で、平成元年九月ころ、本件各建物に対する本件根抵当権の代わりに、補助参加人所有の町田物件に根抵当権を設定する旨の合意が成立し、その旨履行されたから、本件根抵当権は抹消されるべきものであり、したがって、原告は被告に対して補助参加人の債務を弁済するにつき正当の利益を有する者に当たらないと主張する。
しかしながら、右主張は、これに沿う≪証拠省略≫の記載部分が存在するものの、他方、これを全面的に否定する≪証拠省略≫が存在すること並びに前記競売申立事件に対する補助参加人からの競売手続停止仮処分申立事件(当庁平成三年(ヨ)第三四三四号)における決定(≪証拠省略≫)及びその抗告事件(東京高裁平成三年(ラ)第四九八号)の決定(≪証拠省略≫)においても否定されていることなどから、直ちにその当否を決し難いものであり、かつ、この点に関し、補助参加人が原告となり、原告を被告として、まさに右主張事実を争点とする別件の建物根抵当権設定登記抹消登記等請求事件が当庁に係属中である(当庁平成三年(ワ)第一四九三号、以下「別件訴訟」という。)ことは、当裁判所に顕著な事実である。
4 ところで、問題は、原告と被告との間で、原告が補助参加人の債務を代位弁済するについて正当の利益を有する者であるかどうかという点であるところ、この正当の利益を有することの主張立証責任が原告にあることは当然であるが、その立証の程度は、本件のように原告が後順位根抵当権者であることを登記簿の記載により立証し、かつ、その設定当時の原因関係の存在についても、前認定のとおり、立証した(少なくとも補助参加人に関する部分について立証されている。)ような場合には、その程度の立証をもって足り、それ以上にその他の根抵当権の抹消事由がないことまで立証する必要はないものというべきである。したがって、被告が原告の代位弁済の申出を拒み、代位弁済の効果を否定するためには、逆に、代位弁済を拒否すべき特段の事情の存在を被告において主張立証する必要があるものと解される。本件においては、被告は、単に、補助参加人が代位弁済を承諾しておらず、別件訴訟で争っていることのみを主張するだけであり、右事実だけでは到底原告の代位弁済を拒否すべき理由にならないことは明らかであり(主債務者が争えばそれだけで代位弁済ができなくなるということは、到底民法五〇〇条の趣旨に合わない。)、その他の主張立証はなく、補助参加人が本件根抵当権の担保替えによる抹消事由を主張し、その立証を試みているが、前記のとおり、本件に顕れた全証拠によるも、未だ補助参加人の主張事実が立証されたとは到底いえないものであり、その事実の存否の確定は、それがまさに訴訟物となっている別件訴訟において行われるべきものというべきである。
5 そうすると、原告は、補助参加人の債務を弁済するにつき、正当の利益を有する者であると認められるから、原告のした弁済の提供とこれに引き続く供託は有効であり、これにより、原告は、代位弁済の効果として、被告に対し、被告の有する抵当権の移転登記手続と債権証書等の引渡を求める権利を有するものというべきである。
二 争点2について
1 原告は、被告が原告の代位弁済の申出を拒否し、債権証書等の引渡しの請求に応じないことが不法行為に当たるとし、その結果、訴訟の提起追行を余儀なくされ、これに要した弁護士費用の損害を被ったと主張するので検討する。
2 前提事実5のとおり、被告が原告の代位弁済を拒否し、債権証書等を引き渡さないでいることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の代位弁済の申出時点において、補助参加人が、本件根抵当権は抹消されるべきものであるから原告は補助参加人の債務を代位弁済するについて正当の利益を有しないとして、代位弁済の受領に強く反対し、かつ、右主張に基づく別件訴訟を提起していたことが認められる。被告の受領拒否は、前記のとおり、結果として正当な理由があることの立証がないため、不当であったことになるが、右のような状況の下においては、被告が代位弁済の受領の可否を正当に判断することには困難があり、主たる債務者の強い反対の意向から、代位弁済の受領を拒否したことは、当時としてはやむを得ないことであったというべきである。また、被告は、本件訴訟においても、特に積極的な反対立証をせず(原告に対する反対立証は、補助参加人が専ら行っている。)、裁判所の判断に委ねるとの応訴態度でいることは、当裁判所に顕著である。
3 そうすると、被告の行為は、単に代位弁済に伴う業務の不履行に該当するものというべきであり、それ以上に不法行為を構成するほどの強度の違法性(反社会性、反倫理性)を有するものとは認められず、このような場合には、原告において訴訟の提起追行を余儀なくされたとしても、その弁護士費用の賠償を求めることはできないものというべきである。
したがって、この点の原告の主張は採用できない。
第三結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対し、根抵当権の移転登記手続と債権証書等の引渡しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 山﨑恒)